生まれ変わりについての考え方(その2)

もう先月(8/27)になるけど、

生まれ変わりについての考え方(昨日の記事からのスピンオフw)

というタイトルで記事を書きました。

そして、「あ~こんな捉え方もしてたなぁ」ということを思い出したので、

続きを書いてみようと思う。

前回の記事では、魂って水みたいなもの。

今生に生きてる我々の身体は「コップ」であって、

そのコップに水(魂)を入れている。

詳しくは過去記事読んで下さいねw

なんでこんな考え方をするようになったのか・・・

はっきりとは思い出せないんだけど、

「私は○○の生まれ変わりなんです!」とか言ってる人がいたからだろうなぁ。

そういえば、美輪明宏さんも天草四郎の生まれ変わりと言ってたとか言ってなかったとか(^^ゞ

別にそれを否定するつもりはないんですよ!!

というか、逆に肯定派です!!

魂と体の関係は、水とコップのようなものだとするならば、

あり得ることだと思うんです。

ただね、もうちょっと私なりの考え方を説明すれば、

天草四郎の生まれ変わりは、美輪さんだけではないかもしれない!ってことなんです。

今生、身体の中に宿っている魂は、私(貴方)の魂であることは間違いありませんが、

身体から離れ(亡くなって)、多くの魂の集まるところ(水の場合なら海ってことになりますね。)に

行くことになるんだろう。

もちろん、そこはいくつかの階層に分かれてるかもしれませんが。

仏教の教えであれば、極楽や地獄・・・のように分かれているかもしれませんね。

まぁ、どんな世界であれ、今生での行いを、

ソウルメイトと言われる人たち(魂たち?)と振り返ることになるのでしょう。

そして、今生で成し遂げれなかったことや、まだ学び足りないことを得るために、

来世につながっていくんだと思っています。

で!!

ここからがミソだと思ってるんですけど、

今回(今世)と次回(来世)のコップに入ってる水は、

空け移さない限りは、他のコップの水と混じり合ってしまいます。

そう!

混ざってんじゃないかなぁ、って思ってます。

だからキリストの生まれ変わりって、1人てことはないかもしれない。釈迦の生まれ変わりも然り。

ただ少なくとも、過去にキリストや釈迦のように徳を積んだ魂というのは穢れ(けがれ)もないのでしょうけど(^^ゞ

そうやって、何度も何度もコップの水を入れ替える作業、

例えるなら、泥水をコップですくい、ろ過器に通す作業を延々と繰り返し、

混ざりっ気のない純水にしていく作業なんだろうなぁ、と思ってるんです。

私の場合は・・・まだまだろ過器(物質世界)が必要なようだけど(>_<)

まだまだこのテーマは続くかも!?

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