オギャー!と生まれたばかりの頃って、当然ながら自我は目覚めてないですよね。
それでも本能というか原始反射というか、
生きていくために、何の疑いもなくオッパイを吸うってことが出来ちゃいます。
そのうち、自我が目覚め始めて(離乳食になる頃からかな?)
オギャー!(熱いのヤダよ~)
オッギャー!!(マズイのやだ!!)
のように自己表現するようになってきますね。
小さな赤ちゃんのうちは、それでも可愛がられますが
だんだん大きくなるに従い、
そんなことを言ってはいけません!(ピシッ!)
わがまま言わずに食べなさい!(ピシャリ!)
と言われてしまい、自分の思い通りにならない世界が表れてきます。
そして親からだけでなく、兄弟や友人など、
周りからの色んな影響によって、
現時点では自我と捉えている「自分」がいます。
私の場合はもう既に半世紀程も生きているので、
良いモノも悪いモノも含め他者からの影響(ご縁とも言えますけど)を
とても多く身にまとっています。
イメージするとこんな感じかもしれませんね。
果物、そうだな~、桃なんかをイメージしてみましょう。
桃の中心には種がありますが、その種が「本来の自分(魂)」だとしましょう。
成長するにしたがい果肉に覆われて大きくなっていきますね。
日の光をいっぱい浴びて、肥しも程よく与えられ(他者からの影響)
健やかに育ったならば、それこそ瑞々しく美味しい桃になることでしょう。
でも、ずっと日陰にあって、肥しも与えられなければどうでしょう・・・
残念ながら食べてもらえないような桃になってしまいますね(>_<)
桃のことについては詳しくはありませんが(^^;)
どちらの桃であっても、種の部分(人でいえば本質の魂)は変わらないのではないでしょうか?
たまたま育った環境によって、「今の自我」が形成されていますが、
本質はだれもが同じピカピカの魂をもっていると思うんです。
この部分だけは、年齢や環境などに左右されずに、
いつでもリセットできるんじゃないかとも思っています。
桃であっても、今年は美味しい桃にはなれなかったけど、
桃栗三年っていうから、三年後には新しい実をつけるかもしれません。
もっと自分の本質を意識してみるといいかもしれませんね。