悟りってなんだろう?その2

昨日の続きですが、自分で読み返してもちょっと難しいかも!?ですね(>_<)

これまで魂を「水」、肉体を「コップ」という例えで話をしてますが、

悟りに到達すると魂は「水」から「蒸気」というか気体のような感じなるんじゃないかとイメージしています。

まぁ、これも分かったような分からんような感覚ですけど(^^ゞ

液体の状態では、コップの中に存在していてどこも行くことができません。

でも気体であれば、コップから飛び出して自由に飛び回ることができます。

もちろんこれは比喩的表現ですから、飛び回った後でも自分の意思でコップに戻ることもできちゃう。

そんなイメージ。

自分の魂を身体の中にあり続ける液体から、

自由に飛び回れるような気体にする作業が悟りへの道なのかな、となんとなく思う訳です。

悟りへの道にも色んな道があって、

瞑想、内観、写経、そういえばヘミシンクなんていうのも。

そういった類のものもあれば、

日常生活の中で、事実と感情を切り離して物事を捉えてみる!なんていうのもよい方法だと思います。

話を「気体」に戻します。

例えば誰かに責められたとします。

傷つきますよねぇ。

魂が液体ならコップの中でちゃぷんちゃぷん揺れる訳ですよ・・・

でも気体ならば何事もないかのように通過させることができちゃいます。

お釈迦様は、自分に向けられた誹謗中傷の類は受け止めないそうですよ。

どういうことかと言うと、このようなことを言われたそうです。

客人に御馳走をふるまったけど、客人は手をつけず帰られたならばその料理は誰のものか?

当然ながらその料理はふるまった者のもの。

誹謗中傷を言う者に対して言い返したなら、それは御馳走を頂いたことになるので、

お釈迦様はその御馳走(誹謗中傷)は頂かないそうです。

凡人だと怒りを向けられると、「なにぉ!」となりそうなもんですけどこれは魂が液体の状態。

怒りと知りつつも自分を鎮めること、

より細かな気体として自分に取り込まなくするということなんじゃないかと思うのです。

もっとも魂がどんなものなのか!?

「液体」なのか「気体」なのかなんてどうでもいい話ですが(それを言っちゃぁおしまいよw)

魂の成長ってどういうことなのかな!?と考えてる時に、

ふっと湧き出たイメージのお話でしたw

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