モノの見え方

今回の記事は・・・二日掛かりの記事になっちゃいました。

その訳は・・・まぁ読んでみてくださいな。

以下、昨日に書いた内容↓

ここにコップがあります。

488533

さてどんな形でしょうか?

横から見れば「台形」に見えるし、

上から見れば「丸〇」に見えるし、

下から見れば「二重丸◎」にも見えるでしょう。

同じコップでも見る角度によって、どんな風にでも見えてしまいます。

これは、ある「物」を見た時ばかりではありません。

ある「現象」に遭遇した時にも、同じことが起こっているんだと思います。

以上が昨日書いた内容。

大体の内容とその後の展開が予想できますよね!?

物事は色んな角度から見てみることによって、

そして立場の違いによって、

同じ当事者であっても意味の違うことがある。

だから、俯瞰的なものの見方、大局観に立った視野というものが必要だよ!!(^_-)-☆

みたいな展開になる訳です。。。

昨日までの記事を途中まで書いていて、

フイに!

本当にこんなこと書きたいのか!?!?!(‘ω’)

って思ってしまったんです。

そう思ってしまったら、まったくキーボードを叩く手が動かなくなってしまいました(>_<)

確かに、物事は一面だけを切り取って判断してしまうと、見誤ることがあります。

例えば、小さい子どもがずっと同じオモチャで遊んでいて、他の子どもが貸して欲しそうにしていても

誰にも貸さずに自分だけ遊んでいたとしましょう。

そういう場面に出くわした時、どう思いますか?

「他の子にも貸してあげればいいのに?」とか、

「なんで皆と一緒に遊ぼうとしないんだろう?」とか思うかもしれません。

実はそのオモチャは身内からの贈り物で、形見の品で大切にしているものかもしれません。

もちろん、その情報はその場面だけを見ていた人には知りえない情報ですから、

その子の態度を非難する人がいるかもしれません。

では避難されてしまった子はどう思ってしまうでしょう?

『誰も私の気持ちなんて分かってくれない・・・』ってなるかもしれません。

目の前で起こっている現象(オモチャを貸さない子どもがいる)だけで判断するのは危険だということです。

そしてこの”判断”ってやつもくせ者です。

”判断”は、それを下す人のこれまでの経験などから構築された価値観や世間一般の常識というものから出てきます。

そして多くの場合、それは「主観」からもたらされます。

もちろんそれを否定はしませんが、全てが正しい!とも言えないと思っています。

公平、公正な目をもち、より正しい判断、そして行動するためには、

主観を交えない、事実の集積のみを行うことが大切なんだろうと思っています。

言うがやすし、行うが難し・・・ですけど(‘◇’)ゞ

スポンサーリンク
広告(大)
広告(大)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
広告(大)